木造駅舎のことなど 

最近よく気にするようになったものに木造駅舎があります。
かつては当たり前のように全国に存在したのですが、次々と建て替えられてしまい、
古い駅舎はその建物自体が価値を持ち始めて居ます。
このホームページを作るにあたり、過去の写真を整理していて気が付いたのは
駅舎の写真がほとんど無いと言う事でした。
基本的にSL以外にカメラを向ける事が無いので、当然駅舎そのものを撮ったりしているはずもなく
ほんの数駅が写真に残されているだけでした。
今、姿を消していく木造駅舎を見るたびに、駅舎も撮っておけば良かったと思いながら
昨今の木造駅舎について色々と思う所を述べてみます

特にJRになってからは合理化の為に次々と無人駅が増加して、駅舎も無くなってしまったり
簡易な待合室的な物に建て替えが進んでしまいました。
また1985年以降、貨車の廃止(特に車掌車)が進み、倉庫として払い下げられたりしましたが
北海道を中心に駅舎として利用されました。まぁ頑丈だし車輪を外して置くだけで完成ですから
廃物利用としてはベターだったのかも知れませんが、風情も何も有ったものでは有りません。
確か40近くの駅が車掌車駅になっていたと思います。
最近では駅舎を改築、改装どころか無くしてしまいホームだけがポツンと有る駅も増えました。
駅はどういう形で有れ、旅の出発点です。そこに色々な人の思いが詰まっている事を考えると
安易に無くしてしまう事には賛同しにくいものが有ります。

さて、近年こうした木造駅舎が見直されて貴重な近代化遺産や建築遺産としての評価が進んでいます。
また、各地で貴重な駅舎に対する地元住民の意識の高まりと共に保存を求める声も高まりつつあります。
しかしながらこうした駅舎の維持保存には所有者であるJRや鉄道事業者にとっては非効率でコスト高の
リスクがあり、どうしても地元の支援と協力が不可欠のものとなります。
しかし維持保存は理念だけでは出来ません。お金が必要です。それも持続的に。
結局、こうした保存の決め手は地元行政の考え方になります。

日本の行政、特に地方行政は新しい物に目を向けがちで、不似合いな立派な庁舎を建てたり
年に数回しか、或いは数年に一度使うことが有るかどうかと言うような立派なコンサートホールや劇場などを
多額の補助金を使い建て捲る光景は皆さんの周りでも見かける事でしょう。
相変わらずの箱物を作る事が行政の仕事と言わんばかりの時代錯誤はまだまだ蔓延っています。
そんな行政の無理解ぶりから地元住民の願いも虚しく、次々と木造駅舎が姿を消していきます。
駅はその街の顔であり、その街の象徴でも有ったはずです。
駅の刻んだ歴史はそのまま町の歴史でも有るはずです。
残せるものなら残して欲しい気がいたします。

それでもまだまだ日本には魅力的な木造駅舎が沢山存在しています。
地方のローカル私鉄の駅舎などには、まだ多く見る事が出来ます。
今のうちにそれらを見に行っておくのも良いかもしれませんし、私もそうしたいと思っています。
                                                         (2021.10)


         
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